昨日記事に出した日本画の平松礼二が言うには、
『美大で日本画の伝統を教えていないのではないか。
日本画の国際性に間違った疑問を抱いて
日本画を卑下して、あこがれの西洋絵画を感覚だけで真似た
抽象やインスタレーションに流れている』
ん、なるほどー、と思う。
一人のモデルの感覚ですけれど、その片鱗は感じますね。
感覚だけで真似た西洋画とか抽象というのは
それって、中国の屋台や露天にかかっている、
ドラエモンの絵(中国人が描いた)みたいなもんだな、と。
真似が悪いわけじゃないけれど、
伝統とか基礎とかを抜きにした真似や模倣は
前向きな真似ではなくニセモノのドラエモンにしか
なれないのではないでしょうか。
(こういうもの。しかし・・・ぜんぜん可愛くない)
日本人が勝負できるのは圧倒的に日本画です。
つまり、日本画をやっている人は世界に一番近い。
国際性がもっともあるのは日本画なのです、
海外の目からすれば。
片や『日本画の担い手がいない』と平松礼二は嘆く。
日本画。
岩絵の具を混ぜたり、
膠(にかわ)を湯煎したり、濾したり・・・
準備が大変で、お金も相当かかるしね。
日本画をやっているのはカルチャーの人が多いから
本当の担い手がいないのでしょうかね?
誤解を恐れずに言いますけど、
カルチャーの人は競争に負け続けると
競争から簡単に逃げてゆく。
あるいは本当の競争はしないか。
世界は経済で成り立っている、つまり
競争で成り立っているのです。
そこから目を背けては世界デビューも何もないと
思うのですよ。