About Artistic Anatomy
美術解剖学とは何?
医学的にいう解剖学は平たく言えば人を治すためのものですが、美術解剖学とは作品の表現に関係する部分の医学(解剖学)的な知識を研鑽すること。これを美術解剖学と呼びます。
「表現の為の解剖学的知識」の事なのであれば、表現者の主観により必要な知識はさまざまだといえますが、表現とは多くの場合は視覚により成立するので、目視をできない人体部分は美術解剖学の範疇から外れます。美術解剖学は体表解剖学であると云う捉え方をする向きもあります。
美術解剖学モデルとは何?
「美術モデル」とは美術の為のモデルですが、「美術解剖学モデル」とはそれと同じく美術解剖学の為のモデルです。モデルとして自らの身体をサンプルとし、目の前で解剖学的な事実を見せながら人体構造を説く講師でもあります。当然ながら人体の構造や動きの事はよく知っている必要があり、また求めに応じて筋肉と骨の姿と動きを見せながら解説できるような身体を作っておかないといけません。
そういうわけで、「美術解剖学モデル」には、美術+理学療法+医学+体育という四つの分野を横断した基礎知識と身体作りが求められます。
美術解剖学をマスターしたら絵はうまくなるの?
直接的な効果という意味では答えはNOです。わかりやすく言えば解剖ができる外科医の皆さんが全員絵をうまく描けるわけではありません。
ではなぜ美術解剖学をやった方がいいの?
絵や立体作品という「成果」は 知る>観る>描くというプロセスで形になります。
知っている>だから見える>見えるから描ける(表現できる)。この「知る」という最初のプロセスを担うのが美術解剖学です。
表現という行為は頭の中の引き出しから持ってきたものを組み合わせて作りますが、その「引き出し」に入っているものとは「知っていること」です。知らないことは頭の中にすら入っていません。なので、美術的な表現行為をするためには、知るというプロセスはイロハのイとして重要です。
でも、知らないことは「見えてはいても、観れてはいない」といえます。観えていないものは目から頭に入りません。「知らないものは見えてない、見えてないものは描けない」この悪循環を断ち切るには、美術解剖学はもっとも近道な学習だと云えます。
また敢えて表現しないことも表現の一つでありますが、その取捨選択の為にも美術解剖学の知識は頼もしい味方です。
描く努力ばかりに前のめりで、知る努力をおろそかにしていると、いわゆる「引き出しが浅い」状態になってしまい、表現の幅は狭まるでしょう。
本で勉強したらいいのでは?
美術解剖学を本で理解しきるのは無理だと考えています。何社かの出版社さんから本を出すお誘いをいただきましたが、自分が無理と思っていることをやる気にはなれませんでした。なぜなら本に書かれる事と生きている人体は、理屈は同じであったとしても僅かな姿勢の違いや力の入れ方によって体表の見え方は様々に違ってくるからです。
例えばここにこんな筋肉があると本には書いてあっても実物を見たら無い、でも姿勢や態勢によっては突然それが出てくる。こんな事は頻繁に起こりますから本だけで学んだ人は混乱します。また、本の中で骨と書いてある部分は出っ張っているとつい思いがちですが、逆に凹んで見える骨も少なからずあります。本で得た知識は「実物合わせ」をしないと正しく理解に落ちません。
私の美術解剖学セミナーに来る方の中には座学で結構勉強してきた人も少なくないですが、実物の動く身体を見て「やっとわかった!そうだったのか」という感想をいただくことは、ほぼ毎回のセミナーで起こっています。
筋肉や骨の名称は覚えたほうがいいの?
モノには名前があった方が識別しやすいので名前を付けます。それが名づけるという行動の意味ですが、美術においては筋肉や骨の名前を覚えることが本質の目的ではありません。 「長橈側手根伸筋(ちょうとうそくしゅこんしんきん)」などと覚えなくてもいいのです、“上腕の親指側にあるちょっと細長いヤツで手首を背屈したら(手の甲側に曲げたら)出てくるアレ”, でいいのです。名前で覚えるかビジュアルで覚えるか、自分が向いている方法で覚えたらよいことです。
美術解剖学をマスターしたらどんな良いことがあるの?
自由自在に人を描ける一つのきっかけ
目の前に居るモデルを描き写すのはできるけどモデルがいないともう描けない、では困りますね。理詰めで人の形を描けるようになりたいものです。その理が美術解剖学です。
自分で自分の間違いに気が付けるようになるため
例えばこの姿勢や態勢の時にこの筋肉や関節の見え方はありえないという「基本の知識」があると、そこからくる間違いを回避できます。逆にデフォルメに使える知識になったりもします。
人を描くという最難関のスキルを突破するため
風景画は間違えていてもほぼわかりません。静物画もよほどひどい間違いをしなければ、まあこんな種類のリンゴや玉ねぎもあるのだろうと思ってはもらえます。しかし人の絵は「これ何かおかしくない?」というときには、具体的に何がおかしいのか分からないとしても見る側には違和感というフィルターがかかり、終始そのフィルター越しで見てしまう経験は多くの人にあることでしょう。人を描くとは、このように絵のなかでも最難関のスキルなのです。美術解剖学は違和感を持たれないための「人の形の基礎知識」です。
キャラクター造形のための基礎知識として
普通ではありえないキャラ、目先の関心を引くキャラもいいですが、それだと見る側に共感してもらえないリスクもあります。単に「やり散らかし」ではないキャラクターを作るには、理詰めの知識は必ず役に立つと思います。
このほかにも、すでに美術解剖学を学び始めている方は、自分の表現の分野に応じた目的のもとに、様々な利点を得ようと努力されていることと思います。
京都精華大学HP、キャラクターデザインコース入試前課題より
最後に
あなたの美術解剖学の学習が「脚にはこんな筋肉があって、●〇▼筋といって。。。」と知識をひけらかすための勉強だとしたら、それは何とも寂しいですね。知っていることに意味があるのではなく、それが作品に投影されて「自分にとって納得のできる良い作品ができる」これが美術解剖学を学ぶ目的です。つまり作品につながることが目的なのです。
ぜひ、自分の表現力を強くする基礎知識として美術解剖学にチャレンジしてみてください。